近しい親戚が認知症で施設に入ることになった。
その対応で、ここ数週間はてんてこ舞いな状態だった。
諸々の調整事項が決定し、最近になってようやく落ち着いてきたかなというところ。
今回経験して初めて知ったんだけど、この手の手続きや費用のことって対応できる人や内容がかなり制限されている。
親族だから気持ちさえあればなんでもしてあげられる、なんていうのは大きな誤りだった。
本当はもっと早くからちゃんと備えておかないといけないものなんだなあと身に染みて学んだよ。
まあ、備えるにしても介護される側の気持ちや考えもあるからなかなか難しい部分なんだけどね。

以前ブログにも書いたけど、わたしには使命がある。
夫と周りの大切な人達を責任を持って看取ること。
それがわたしに出来る数少ない使命だと思ってる。
子供も兄弟もいないわたしにとって、歳の近い家族といえば少し歳上の夫だけ。
仮に夫が先に旅立つとすれば、全部で5人くらい見送ることになるのかな。
5人もの大切な人を看取る。
それってあまりにも辛くて重すぎる使命だよね。
だからわたしはその使命を全うする代わりに自分にもご褒美をあげることにした。
それは外で自由気ままに遊ぶこと。
一応夫とは暗黙の了解になっている(とわたしは認識してる)から、遠慮なく人生を謳歌することにしている。
背景を詳しく知りたい方はこちら
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わたしは夕菜。アラフォーの人妻で某企業の総合職として働いている。 家庭は円満な方だと思う。夫との仲も ...
そんな訳でしばらくの間、無邪気に遊びを堪能していたわたし。
けれど、こんなに早く使命の前段階が訪れるとは思ってなかった。
人生って本当に無情に時間が流れていくよね。
施設に入る前の親戚がどんな人だったのか今でもよく覚えている。
人の為に色んなことをしてあげられる、お話好きでしっかりした人だった。
それなのに今はもうわたしが誰なのかすら全く分かっていない状況で。
誰もが辿る可能性のあることだと分かっていても、とても寂しい気持ちになった。
住んでいる場所が離れているから、わたしがしてあげられることなどたかがしれている。
でもせめて、親戚が不自由なく生きていくお手伝いくらいは出来たらいいなって思う。
だから今はただ自分に出来ることをしっかり頑張ろう。